着物は日本文化の根幹です。そして京都は日本の着物文化の中心です。
私達『京都の図案家』が生まれたのは、江戸時代中期に型友禅が発明されてからです。
型友禅の出現は、それまでとても高価で貴重だった友禅染の大量生産を可能にしました。
その結果、庶民に型染めの呉服が普及し需要が拡大しました。
『型友禅』を染めるには文字通り型紙が必要で、型を彫るには、紙に描いた下絵が必要となります。
江戸時代当初は画家が余技として着物の下絵を描いていましたが、需要の拡大とともにそれを本業にする人が
出てきました。それが、日本におけるデザイナー(図案家)の始まりです。
型友禅の着物作りは浮世絵の「版元」「絵師」「彫師」「摺師」の四位一体の関係に似ています。
すなわち版元は現代の問屋、絵師は図案家、彫師は型制作所、摺師は染工場です。
ただ一点、浮世絵と大きく違っていたことがありました。それは絵師である図案家が
着物の長い歴史の中で、脚光を浴びる事がほとんど無かったという事です。
そして今でも図案家の存在は一般の人にはあまり知られていないのです。
残念な事に、近年の和装産業の衰退は、図案家にも少なからず影響を及ぼしています。
図案家を育てる為に必要だった徒弟制度が時代に馴染まなくなったのもその一因です。
着物が将来生き残る為には、『ファッションとしての存在価値』が不可欠です。
ファッションは、その時代に生きる女性のライフスタイルに即していなければなりません。
つまり単なる古典柄の継承だけで画一化しては、ファッションにはなり得無いのです。
着物がファッションとして存在するには、多様化した様々な商品が必要です。
その事は、過去の着物柄の歴史的変遷を見ればそれははっきり証明されています。
図案家は、伝統的様式美を継承しつつ時代に即した新しい和柄を生み出すことに存在価値があります。
現在、現役図案家の高齢化が進み、このままでは、本格的和柄を描ける人材がこの日本から消滅してしまうかも
しれません。
業界の中でその事の重要性を理解し、深刻に受け止めている人は少ないようです。
私どもでは一人でも多くの方に、和柄の素晴らしさを再認識していただき、そして図案家の仕事を
知っていただきたいと願っております。
欧米を中心にした先進国では、新しい『ジャポニズム』の波が起こっております。
サブカルチャーのアニメやゲーム文化の輸出も価値ある事ですが、千年以上の歴史を持つ日本人の伝統と文化、
世界に誇れる日本人の美意識の源『和柄文化』を世界中に広め、新しい才能ある人材に
継承していただく事が、私達の大きな役割だと確信しております。
弊社では、徒弟制度を復活し、一人でも多くの後継者を育てる事を事業の一環と位置づけ、
様々な活動に取り組んでおります。
私どもの活動が一人でも多くの方に理解され、和柄文化継承の一助になれば幸いです。
2010年3月 図案家 成願 義夫